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このぺージでは、ホワイトデーの由来についてネットに書かれている情報をまとめ簡単に分かり易く説明したいと思いましたが、、、、

 

ホワイトデーの由来については、”分からない”という事が分かりました。もしくは、誰かが真実を語りきれていない可能性があります。

 

その理由を説明致します。

 

ご存じ、ホワイトデーの由来として2つの組織による2つのストーリーが存在する事が存在します。西の代表 鶴乃子で有名な石村萬盛堂。そして、東京を拠点とする全国飴菓子工業協同組合です。共同組合には、有名どころですと、明治やグリコ、森永、不二家、ロッテなどが組合に入っています。

 

まず、石村萬盛堂のストーリーから紹介しましょう。

銘菓鶴乃子 石村萬盛堂

明治38年 (1905年)の日露戦争が終結し戦勝に沸く博多の街で、27歳の若き菓子職人 石村善太郎が開業しました。(HP:http://www.ishimura.co.jp/

 

石村萬盛堂中でも、100年以上愛される銘菓と言えば鶴乃子でしょう。マシュマロのふくよかな生地の中に風味のよい黄味あん。甘さをおさえたまろやかな味わいとして根強い人気のお菓子です。

 

そして、石村萬盛堂の公式サイトに下記のようなホワイトデー秘話が掲載されています。

昭和52年(1977年)石村萬盛堂から始まったマシュマロデーより由来しております。

 

 

社長、石村僐悟が女性誌からヒントをもらおうとパラパラめくっていたところ、「男性からバレンタインデーのお返しがないのも不公平、せめてマシュマロだけでも・・・」という投稿を目にします。

 

どんだけマシュマロ人気ないんだよっ!

 

とツッコミたくなりますが、石村社長はこの投稿からピンときます。

 

「男性から女性にお返しする日を、鶴乃子をきっかけに作れないか?チョコレートをマシュマロで包もう」

 

そして、キャッチフレーズは、

 

そして、男性から女性にお菓子を返す日を女性社員達を考え、以下の3案が出てきます。

①バレンタインデー2月14日に日付を逆さにした4月12日

②バレンタインデー1週間後の2月21日

③バレンタインデー1か月後の3月14日

 

しかし、「2か月後じゃなんのイベントかわからん。」とか「バレンタインデーの1週間後やと、忙しいのが続くばい。」など不安がありましたが、福岡で随一の百貨店、岩田屋(現三越)に相談したところ、

 

一番暇になる3月14日がベストやね。

 

とこの一声で3月14日に決定しております。そして、女性誌の投稿を見てから1年後の昭和53年(1978年)の3月14日から、バレンタインのお返しにマシュマロをお返しする「マシュマロデー」が始まったのです。

 

その後、数年間は売り上げの厳しい期間が続いたようです。

 

恐らく、マシュマロデーが浸透せずにマシュマロが売れなかったのでしょう。「マシュマロデーって何や?」という声もあったかもしれません。

 

そして、7年~8年後に百貨店から提案がありました。(1985年~1986年)

 

「マシュマロデーだけじゃなんかもったいないですね。幅広くお菓子をお返しするイベントに出来ないですかね。名前はマシュマロの白を想起させるホワイトデーに名称を変更しませんか?」

 

マシュマロを販売するだけでは、百貨店的にもきつかったのでしょうか。もっと売り上げを伸ばすには、やはりチョコレートやクッキーは重要なお菓子です。

 

いずれにしろ、マシュマロデーからホワイトデーに名前が変わり、現在も日本の文化として定着しております。

全国飴菓子工業協同組合

続いて、全国飴菓子工業協同組合のホワイトデーストーリーを紹介します。

HP:http://www.candy.or.jp/

ざっくり言いますと、「飴菓子をもっと売ろう!」と組合のお偉いさんたちが話し合い、ホワイトデーがスタートしております。

 

ホワイトデーの仕掛人は高柳全孝氏(ホームラン製菓)・大西康宜氏(カンロ)・篠崎新一郎氏(篠崎製菓)、左手前から宮川光市氏(宮川製菓)・菱木宏氏(扇雀飴本舗)・中西信雄氏(みやこ飴本舗)です。

 

どなたか知っている人いますか??

 

当初、「キャンディーデー」にしようという案もありましたが、将来的見地からするとバレンタインデーのお返しという位置づけがあったほうが、需要拡大につながっていくのではということになり、ホワイトデー=キャンデーの日としております。

 

「ホワイトデー(3月14日)はキャンデーの日」と決定したのが昭和53年(1978年)年6月、これは石村萬盛堂が、マシュマロデーを始めた年と同じ年になります。

 

実際にホワイトデーをイベントとして始めたのは昭和55年(1980年)3月14日です。銀座 三越から始まっています。

 

ホワイトデーを浸透させるために、組合員が電車の中で「3月14日はホワイトデーだよ。キャンディーを女の子に返す日だよ」と何度も喋っていたようです。

 

当初はマシュマロデーと同じく売り上げは悪かったよですが、昭和58年(1983年)の4年目のホワイトデー、ミスDJホワイトデーコンサートなどのイベントを行い浸透していったようです。

 

黒沢年男氏などのイメージキャラクターを使って大々的に広めていたっこともホワイトデーが浸透した理由でしょう。

 

いずれにしろ、全国飴菓子工業協同組合が始めたホワイトデーは、現在も日本の文化として定着しております。

時系列で確認してみましょう。

それでは、ホワイトデーを作り上げたとされる2つの組織のストーリーを時系列でみてみましょう。

■昭和52年(1977年)

・石村萬盛堂 社長が女性をパラパラめくり「おっ!」とひらめいた年

■昭和53年(1978年)

・石村萬盛堂が、3月14日に百貨店でマシュマロデーをスタートさせた都市⇒3月14日の理由は百貨店が一番暇な日

・飴菓子工業協同組合が、「ホワイトデー(3月14日)はキャンデーの日」と決定した都市

■昭和55年(1980年)

・飴菓子工業協同組合がホワイトデーをスタートさせた年

■昭和58年(1983年)

・飴菓子工業協同組合のイベントでホワイトデーが浸透し売れ出した年

■昭和60年(1985年)か昭和61年(1986年)

・石村萬盛堂がマシュマロデーをホワイトデーにした年

 

この時系列を推測を交えまとめると、

3月14日にマシュマロデーを始めたのは石村萬盛堂。3月14日にホワイトデーを始めたのは飴菓子工業協同組合。そして、先に浸透したのが、ホワイトデー。しかしその後、ホワイトデーが日本全国浸透したから、マシュマロデーをホワイトデーに合わせた?

 

という事が推測されます。

 

あくまでも推測です。というのも、石村萬盛堂のホームぺージには、「マシュマロの白を想起させるホワイトデー」にしたという事になってます。

 

そして、飴菓子工業協同組合のホームページにも「3月14日のマシュマロデーに合わせてキャンディーを売るイベントを考えよう!」とは明記されていません。

 

飴菓子工業協同組合のホワイトデー誕生秘話には、3月14日としたのは、「キャンディーの起源が3月14日の前後3日ぐらいずれた日付になっているんですよ」と篠崎新一郎氏(篠崎製菓)が語っています。

 

じゃあ、なんで3月14日から3日、4日ぐらいズレた日にしなかったの?と思わずツッコミたくなりますが。

 

さらに、下記のような事も語られています。

「当時も、メーカーによっては、細々とホワイトデーのキャンペーンを行っているところもありましたが、単にバレンタインデーのお返しにチョコレートを返そうというくらいのレベルでした。」

 

あれ、ホワイトデー発案じゃないの??と言いたいところではありますが、それよりも、

 

マシュマロが出てきません。あえての、マシュマロ外しなのかは分かりませんが、チョコレートを返していたメーカーはいたのです。

 

もし、このホワイトデーのキャンペーンを行っていたお菓子屋が、石村萬盛堂でないとしたら、他のお菓子屋さんにホワイトデーなるイベントを広めようとしたお菓子屋が他に存在するという事になってしまいます。

 

このページの最初に、由来は「分からない」という事が分かりました。と書いた心はここにあります。

 

もし、石村萬盛堂、全国飴菓子工業協同組合のホームぺージに以下のような事が書かれていたらスッキリすると思いませんか?

石村萬盛堂

当初マシュマロデーとして3月14日にスタートさせましたが、全国飴菓子工業協同組合さんが始めたホワイトデーが全国に浸透したため、マシュマロデーもホワイトデーに合わせる事にしました。

 

全国飴菓子工業協同組合

既に、マシュマロデーとして3月14日のイベントを石村萬盛堂さんが初めておりましたが、飴菓子組合としては、飴菓子も売れるようにホワイトデーをスタートさせました。

 

当初は売り上げも伸びず苦しい時期もありましたがイベント等の効果もあり、全国に定着していきました。

 

実際には書かれていない内容ですが、上記のような事が書かれていたらスッキリすると思いませんか。

 

以上です。ホワイトデーの由来にまつわるストーリーの真実が分かるサイトがあれば見てみたいです。

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