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努力の天才とは本田圭佑のようなスポーツ選手と言うのではないだろうか。本田はこのような事を口にしている「サッカーは上手い人がいるから面白くて、そいつらに勝つのが俺はサッカーの1番面白い部分だと思っているから」これが、子供の頃から挫折を繰り返し、ACミランの10番にまで上り詰めた男のコトバなのだ。

 

そして、この努力の天才は、子供の頃にどんな夢を描いていたのかご存知だろうか。

「ワールドカップに出場して有名になる」
➡︎2010年のワールドカップでの無回転シュートやフィジカルの強さは世界の注目を集めた。

「ACミランに入団し、レギュラーになって10番で活躍する。」
➡︎2013年12月に入団し自ら希望した「10番」を背負っている。

 

小学校の卒業文集に書いたことを現実にしているのだ。偶然現実になったわけではない。これは努力の天才が目的に向かって走り続けた結果、卒業文集に書いた夢を叶える事が出来ているのだ。U-20に選ばれているものの高校に入学するまでは日の目を見ないサッカー人生を送っている。

 

本田は、中学では部活に入らずガンバ大阪のジュニアユースに入団している。しかしながら、高校に上がる時にユースへの昇格が認められなかったのだ。ややスピード不足で攻撃的な選手ながら自分の価値を生み出せずにいたのだ。高校では石川県の星稜高校に入学し、プロにまで進んでいる。同じ世代には、家長昭博や安田理大がガンバユースに所属しており天才プレーヤーとして評価を受けていたが、将来的に日本の注目を集めたのは”努力の天才”本田圭佑なのだ。

 

サッカーは若き天才が大成しないことが非常に多いスポーツでもある。森本貴幸、宮市亮、伊藤翔など子供時代は、◯◯年に1人の逸材などと騒がれた逸材たちが大成せずにA代表にも呼ばれていない。一方で中村俊輔や香川真司のように幼少時より天才プレーヤーとして育ってきたサッカー小僧もいるのは事実だ。海外で言えばメッシがそうだ。

 

星稜高校に進学した本田圭佑は注目選手として全国サッカー選手権や高円宮記念杯でもベスト4という成績を残している。

 

高校時代に厳しい練習に明け暮れ更に成長した本田は高校終了後、名古屋グランパスに入団し、1年目からレギュラークラスで活躍している。特にプロに入ってからの本田の成長スピードは凄まじいとされている。

 

ジュニアユース時代の同期、家長にもライバル視されるていたようだ。

 

 

その後、オランダのオランダの古豪・VVVフェンロに移籍し海外を経験し、ロシアのCSKAモスクワでも存在感を世界にアピールしている。このCSKAモスクワに誘ったのが元日本代表監督のジーコだ。

 

「日本で素晴らしい選手を見つけた。VVVにいる本田を獲得すれば間違いない」

 

と会長に話し本田圭佑を獲得したのは有名な話だ。

 

そして、2010年24歳の若さながらワールドカップの中心選手として活躍した。フリーキックの時に「俺に蹴らせろ」と遠藤と言い合いになったデンマーク戦は記憶に残る。それにしても、本田も遠藤も素晴らしいフリーキックだった。
↓やっとさんのフリーキック

↓本田のフリーキック

 

 

そして2014年に悲願のACミラン入団を果たす。偶然なのか必然なのか運命なのか、「背番号10番」は当時誰も背負っていなかった。「心の中のリトルホンダがミランでプレーしたいと言った」は意味がよくわからないが、”努力の天才”は夢を掴み取ったのだ。

 

しかし、後1つ夢が残っているのだ。それは、ブラジルに2対1で勝利するという夢だ。ACミランの10番をてにした本田が言ったのだから現実性は十分にある。2018年ワールドカップ、もしかしたら、本田の夢が現実となるかもしれない。

 

帰ってこい!ビックマウス。

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